バリ島のへんぴな場所に住んでいる理由

   2016/10/26

10月は旦那の誕生日、私の誕生日、そして結婚記念日と、記念日続きだったんですが、その全てを忘れていた夫。

最初のを忘れてたら、次は気をつけようとか思わないんでしょうかね。まあそんなもんか。

ケーキをつつきながら二人、来年もこうして一緒にいるのかしら、と毒づきながらの会話を楽しみました。。。

 

さて、来月ウブドへ越す事になったんですが、2年間このバリ島北部のへんぴな場所にお世話になりました。

へんぴでも、例えば静かな海辺とか、田んぼの眺めが素敵だとか、スピリチュアルスポットだとかそういう所では全くなく、家の近くの溝はゴミが溜まって常に悪臭がするような場所です。

スーパー行くとたまに西洋人見かけますが、この辺りに日本人が住んでいるという噂は聞いた事がない。

 

そもそも何でこんなところに住んだのかってところなんですが。

旦那の実家がここにあるから。それ以外にあり得ません。

 

でも外国人の私にとって、こんなローカルな場所での生活、しかも実家となれば、おのずと地域社会との密な関わりとか実家のゴタゴタとか、苦難は最初から予想できたわけです。

しかも出産までこんなところでしちゃったし。

実家に住めば、おじいちゃんおばあちゃんに小さい子の世話手伝ってもらえる。

これも違って、義母は既に他界。義父はもう80近く、介護が少し必要なくらい。

それでもあえてここでと決めたのはこんな理由から。

 

1、日本に長く住み過ぎた事の償い

最初は、旦那に日本を知っておいて欲しいという理由で3年ほどちょっと行ってきますと言ってたんですが、結果12年近く居てしまいました。

その間義母が他界したり、義父も病気になったりして大変でした。ちょいちょい帰ったりはしてましたけど、義母の病気の時は1ヶ月とか。

バンジャールの事も殆どほうったらかし。お金が必要な時は義父に立替えてもらったり。

だからこの2年間は、義父や親戚、バンジャールの人達への償いの期間、という思いでいました。

 

2、旦那のアイデンティティコンプレックス解消

うちの旦那、一応バリ人なんですけども、生まれはジャワで、その後もマドゥーラ、スラウェシと他の島を転々とし、中学の時に初めてバリに帰ってきたんだそうで。

それからもずっとデンパサールに住んでたもんだから、ブレレンの実家近くの親戚一族の顔や名前がさっぱり分からなかったらしいです。

自分はバリ人で、ちゃんと地域の共同体に自分の場所があるっていう拠り所が欲しかったとの事。

 

バリ人ておそらくほぼ全員、自分が死んだ時の葬式、親戚やバンジャールの人達に執り行ってもらわんといかんっていうのが頭に少なからずあるんではないでしょうか。

葬式だけでなく、子どもの儀式や結婚式その他、全部宗教と地域が絡んでくる。

もし自分がこの人たちを無視しっぱなしでいたら、いざ自分って時にやってもらえるんだろうかっていう不安がある。

今後、バリ島のこういう密な繋がりも段々と薄れて変わって行くのかもしれませんが。

 

まあそんな訳で2年間、仕事もせず収入は少ない利子だけでよく耐えたなって思います。

義父は寂しがったけど、でも理解してくれました。同居の旦那弟夫婦と孫もいるから大丈夫だと。また日本に行くわけでもないから、しょっ中帰ってこられるし。

そんな訳で、円満退社ならぬ円満転居することになりました。


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